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第6回憲法学特殊講義

5、判例を見る
 上記の各点を踏まえ、以下、本件事案における東京地裁、東京高裁決定をそれぞれ見ることにする。
5-1、東京地裁決定の要旨
 本件において、東京地裁は以下のように判断した。
(1)本件記事は相手方らの人格権の一つとしてのプライバシーの権利を侵害するものであるところ、プライバシーは極めて重大な保護法益で、人格権としてのプライバシー権は物権の場合と同様に排他性を有する権利として、その侵害行為の差し止めを求めることができると解するべきである。
(2)プライバシー侵害を理由とする出版物の販売などの事前差し止めの可否はどのように決すべきかについては、当該出版物が公務員または公職選挙の候補者に対する評価、批評などに関しないことが明確で、仮に当該出版物が「公共の利害に関する事項」に係るものと主張されているにとどまる場合には当該出版物が「公共の利害に関する事項に係るもの」と言えるか否か、「専ら公益を図る目的でないことが明白」でかつ「被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る恐れがある」と言えるか否かを検討し、当該表現行為の価値が被害者のプライバシーに劣後することが明らかであるかを判断すべきである。
(3)本件記事は、1「『公共の利害に関するもの』とは言えない」、2「『専ら公益を図る目的でないことが明白』である」、3「相手方らが『重大にして著しく回復困難な損害を被る恐れがある』と言える」ことから、事前差し止めの要件を満たしている。
(4)仮処分命令によって販売されなかった当該出版物の部数が印刷された77万部のうち3万部であることを理由に、文春側は仮処分命令の必要性が消滅していると主張しているが、約3万部という部数はそれ自体が軽視できない量であり、しかも本件雑誌については本件仮処分命令がされたこと自体が大きく報道され、社会の関心を集めたのであるから、この3万部が解禁され出荷されれば出荷済みの雑誌の販売増と相まって相手方のプライバシーに決定的な被害が生じる恐れがある。そうであるとすれば、これら3万部の本件雑誌についてその販売等の差し止めが解かれることによるプライバシー被害は、観念的なものではなく、著しく、かつ回復不能なものであることが明らかと言え、仮処分の必要性は失われていない。
5-2、東京高裁決定の要旨
 一方の東京高裁は、以下のように判断した。
(1)まず、離婚という事実は、本人にとって重大な苦痛を伴うであろうし、見ず知らずの不特定多数に喧伝されることでさらなる精神的苦痛を被るであろうから、人格権の一つとしてプライバシーの権利の対象となる。では、本件記事が人格権の一つとしてプライバシーの権利を侵害するものと言えるかについては、本件記事は、一私人に過ぎない真奈子氏らの離婚という全くの私事を、不特定多数の人に情報として提供しなければならないほどのこともないのにことさらに暴露したというべきであり、真奈子氏らのプライバシーの権利を侵害したと解する。
(2)原審で挙げた事前差し止めの三要件は名誉権に関するものであるからプライバシー権の事案に直接適用することに疑いがないわけではないが、それ自体は相当でないとは言えないし、手続き的・時間的制約もあるので本件においてはそのまま用いる。
ア・本件記事が「公共の利害に関する事項に係るもの」と言えるか。
文春側は、真奈子氏がその親族関係などから見て後継者として政治家を志す可能性があるから、本件記事は「公共の利害に関する事項に係るもの」と主張する。確かに、両親・祖父といった最も近い身分関係にある者を高名な政治家として持つ者は、そうでない境遇の者と比べて政治家になる可能性が高いと考える余地もあるが、その者が政治家志望等の意向を表明したりそれに類似する格段の事情が存在するとは言えない場合、その者が政治活動の世界に入るというのは抽象的可能性に過ぎず、直ちに公共性の根拠とすることはできない。しかも本件記事の内容は政治とはなんら関係もない全くの私事であることを考えると、本件記事を「公共の利害に関する事項に係るもの」と解することはできない。
 また、真奈子氏が田中真紀子氏(当時科学技術庁長官)の外国出張に同行したり、田中角栄記念館の仮オープン式典に同席していること、真紀子氏の選挙活動に参加していること、同氏が「自分の後継者は娘二人である」と明言した等という事実は一応認められるが、こういった行動は将来政治の世界に入ることを意識してのものというよりは家族ゆえのこととも考えられるところであり、これらを以って田中角栄・真紀子両氏の後継と捉え、真奈子氏の婚姻・離婚を「公共の利害に関する事項に係るもの」とみるのは相当でないと解する。
イ・本件記事が「専ら公益を図る目的のものでないことが明白である」か否か。
 文春側は「専ら公益を図る目的のもの」であるか否かは、「目的」という行為者の意思、主観によって判定されねばならないと主張している。しかし本件記事は、家族に著名な政治家がいるとはいえ現時点では一私人に過ぎない者の全くの私事を内容とするものであり、「専ら公益を図る目的のものでないことが明白である」というべきである。さらに、「目的」を行為者の主観で判定するべきと解するのは相当でない。自らも、また親族も過去・現在一切公職に就いたことも政治活動に参加したこともない者の離婚について本件雑誌のような媒体への記事掲載を決めた者が、何らかの理由でそれが公益に資するものであると考え、主観では「専ら公益を図る目的」であったからといって、それだけで掲載記事が「専ら公益を図る目的」であったとすることはできない。「公益を図る目的」の有無は、公表を決めた者の主観・意図も検討されるべきではあるけれども、公表されたこと自体の内容も問題とされなければならない。
ウ・本件記事によって「被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る恐れがある」か否か。
 我が国において離婚は、一般的には望ましいことではないにしても、また当事者の痛みの点はともかく、それ自体としては社会的に非難されたり人格的に負をもたらすものと認識・理解されるべき事柄ではない。また、当事者にとっては喧伝されることを好まない場合が多いとしてもそれ自体は当事者の人格に対する非難など人格に対する評価に常に繋がるものではないし、もとより社会制度上是認されている事象であって、日常生活上、人はどうということもなく耳にし、目にする情報の一つに過ぎない。
 本件記事は、憲法上保障されている権利としての表現の自由の発現・行使として積極的評価を与えることはできないが、表現の自由が、受け手の側がその表現を受ける自由をも含むと考えられているところからすると、憲法上の表現の自由と全く無縁のものとみるのも相当とは言えないことは否定できない。さらに表現の自由は、民主主義体制の存立と健全な発展のために必要な最も尊重されるべき権利であって、出版物の事前差し止めはこれに対する重大な制約であるから、これを認めるには慎重な上にも慎重な対応が要求されるべきである。
 このように考えると、本件記事はプライバシー権を侵害するものではあるが、当該プライバシーの内容、程度を考えると事前差し止めを認めなければならないほど「重大な著しく回復困難な損害を被らせるおそれがある」とまでは言うことができない。

次回に続く


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